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奈良地方裁判所 平成2年(ワ)451号 判決 1992年12月21日

原告

三崎竜一

右訴訟代理人弁護士

佐藤真理

坪田康男

北岡秀晃

吉田恒俊

相良博美

西晃

被告

末吉久夫

右訴訟代理人弁護士

平山茂

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

五十嵐庸晏

右訴訟代理人弁護士

田中登

加藤文郎

主文

一  被告末吉久夫(以下「被告末吉」という)は、原告に対し、四二二万二〇六八円及びこれに対する昭和六三年六月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金額を支払え。

二  被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告東京海上」という)は、原告に対し、一二六万円及びこれに対する平成二年一〇月一二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金額を支払え。

三  原告のそのほかの請求を、いずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その二を被告末吉の、その一を被告東京海上の、その二を原告の各負担とする。

五  この判決は主文一、二項に限り仮に執行することができる。

理由

一本件事故の態様及び被告末吉の本件事故に関する責任について

1  前提事実の認定

<書証番号略>、原告本人尋問の結果並びに証人毎態斐雄の証言によれば、次の事実が認められ、右と異なる事実を認定するに足りる証拠はない。

(一)  本件交差点付近の道路状況

本件交差点は、南方の鹿野園町方面から北方の高畑町方向へ向かう南北道路と、西方の南紀寺町方面から東方へ向かう東西道路とが交差している交通整理が行われていない交差点である。南北道路のうち、本件交差点の南側部分の幅員は六メートル(東端の溝蓋の設置された溝部分の幅員0.4メートル、西端の雑草等が繁茂した部分の幅員1.0メートルを含む。それらを除いた舗装部分の幅員は4.6メートル)、本件交差点の北側部分の幅員は5.3メートル(溝蓋の設置された溝部分の幅員0.7メートルを含む。それを除いた舗装部分の幅員は4.6メートル)であって、中央線は設けられていないものの、普通自動車が十分にすれ違うことができる。東西道路のうち、本件交差点の西側部分の幅員は3.5メートルしかなく、普通自動車二台がすれ違うことは困難であり、本件交差点の東側部分の幅員は5.0メートルある。

本件交差点の南西角には、道路に面して高さ1.2メートルのブロック塀が設けられていて、本件交差点の西方道路と南方道路との間の互いの見通しは良くなく、本件交差点北東角に設置されたカーブミラーによって、右各道路を進行してきた車両が互いに相手方の道路状況を確認できるようになっている。本件交差点の北西角に接した土地は田となっていて本件交差点の西方道路からその北方道路の見通しは良い。本件交差点の南東角に面した土地には、高円高校の門などの構築物や植木等があって、本件交差点の南方道路からその東方道路の見通しはそれほど良くはない。

なお、現在(本件口頭弁論終結時である平成四年九月二一日)では、東西道路から本件交差点に進入しようとする車両は道路標識により交差点の手前で一時停止すべきことが指定されているが、本件事故当時には右の道路標識は設置されていなかった。

(二)  本件事故直前の被告末吉の運転状況及び本件事故状況

被告末吉は、前記東西道路を本件交差点に向けて東進してきて、本件交差点の手前で一時停止し、カーブミラーで右方(南方)道路の交通の状況を確認したところ、本件交差点に向かって進行してくる車両がない様子であったので、右側を見ながら時速一〇ないし一五キロメートルの速度で本件交差点に進入した。すると、右一時停止位置から約2.4メートル進行した地点で、右側前方約4.5メートルの位置に原告の運転する自動二輪車が本件交差点に向けて進行してくるのを発見した。同被告は、直ちに急ブレーキを掛けたが、ブレーキを掛けた位置から約1.5メートル進行した位置で自車の右前部が原告の運転する自動二輪車の左側面部に衝突し、さらに約0.9メートル進行して停車した。

(三)  本件事故直前の原告の運転状況及び本件事故状況

原告は、後部座席に名手良子を同乗させ、前記南北道路を本件交差点に向けて時速約四〇キロメートルで北進し、本件交差点の手前約一九メートルの位置で東西道路から本件交差点に進入してくる車両等の有無を確認したところ、何も進入して来る気配がなかった。そこで、原告は多少減速して、時速約三〇キロメートルで右地点から約九メートル進行したところ、東西道路を進行方向左側(西方)から本件交差点に向けて進行してきた車両(被告末吉車)を約9.6メートル先に発見した。しかしながら、同車は交差点手前で停車したため、そのまま同車の前方を通過しようとしたところ、本件交差点中央付近において、左方から被告末吉車が原告運転の自動二輪車の左側面部に衝突した。右自動二輪車は、進行方向の右前方約三メートル先の本件交差点北東角のカーブミラー下付近に転倒した。また、原告は右自動二輪車の転倒した位置から4.2メートル前方(北方)に、名手は同車の転倒した位置から同車の進行方向の右前方約九メートルの地点にそれぞれ転倒した。

(四)  原告らの受傷

本件事故の結果、原告は左脛骨骨折、左股関節脱臼、左膝部挫滅創の、名手は頭部外傷、頭蓋骨骨折、右肘・両膝裂挫創、左足挫傷、左第二趾骨折の各傷害を受けた。

2  被告末吉の過失についての検討

(一)  被告末吉に課せられていた注意義務について

1項の(一)で認定した事実によれば、

(1) 本件交差点に西方あるいは南方から入る場合は、「左右の見通しがきかない交差点に入ろうとするとき」として、徐行しなければならないこと(道路交通法四二条一号参照)

(2) 一般に、車両等が交差点に入ろうとし、あるいは交差点内を通行しようとするときは、交差道路を通行する車両等に特に注意し、かつできる限り安全な速度と方法で進行しなければならないこと(同法三六条四項)

のそれぞれの義務が存し、被告末吉も右に述べたような義務が課せられていたものといえる。

(二)  被告末吉に課せられていた注意義務に関する補足説明

なお、原告は、被告末吉の抗弁に対する否認理由として、本件南北道路が優先道路にあたる旨主張している(事実及び争点欄第二の九項)ので、被告末吉の注意義務に関連して検討する。

なるほど、1項の(一)で認定した事実によれば、被告末吉の進行してきた本件交差点の西方道路は、普通自動車がすれ違えないほどの狭い道路であるのに対し、本件南北道路は普通自動車二台が楽にすれ違える道路である。本件東西道路を西方から進行してきた車両の運転者は、本件交差点の入口において、その交差道路である本件南北道路、特に見通しを妨げるもののない本件交差点の北方道路を見たとき、その幅員が自らが通行している道路の幅員よりも広いという印象を受けることは確かである。他方、本件南北道路を南方から進行してきた車両の運転者は、その交差道路である本件東西道路の見通しが東西共に必ずしも良くなく、特に左方(西方)道路の存在が分かりにくいことも手伝って、本件南北道路がいわゆる広路であって本件東西道路を進行する車両に対して優先権があると即断したとしてもあながち不合理とはいえない。このことは、本件事故後ではあるものの、本件東西道路から本件交差点に入る車両に対して、道路標識により、本件交差点の手前の直近において一時停止すべきことが指定されたことによっても裏付けられているといえる。

しかしながら、このような事情は、後に検討する被告末吉と原告との本件事故についての過失割合を判断するに当たっては重要な事実であると解されるものの、本件東西道路のうち本件交差点の東側部分の幅員が五メートルあることも考慮すると、本件東西道路に比べてその交差道路である本件南北道路の幅員が明らかに広いものということはできず、被告末吉に道路交通法三六条二、三項の義務が存したとまではいえない。

(三)  被告末吉の注意義務違反行為(過失)について

1項の(二)で認定した事実によれば、被告末吉は、車両を運転して本件交差点に西方から入ろうとした者であって、本件交差点の手前で一時停止をしてカーブミラーを見たものの原告運転車両を発見することができず、その後はカーブミラーを見ることなく、ブロック塀で見通しのきかない右方を見ながら発進して時速一〇ないし一五キロメートルという比較的早い速度で本件交差点内に向けて発進して進入し、原告運転車両を右前方約4.5メートルの位置に発見して急ブレーキを掛けたものの直ちに停止することができずにさらに1.5メートル進行した地点で原告車両に衝突し、さらにそこから0.9メートル進行して停止したものである。

そうすると、同被告は、交差道路を通行する車両に注意する義務、本件交差点に入ろうとする際の徐行(直ちに停止できるような速度で進行すること)義務及び交差点内を通行するときに安全な速度及び方法で進行すべき義務に違反したものというべきである。

3  本件事故に関する被告末吉の責任

以上の次第であって、被告末吉は、その過失によって本件事故の発生させ、原告に1項の(四)で認定したとおりの傷害を与えた者であるから、民法七〇九条により、その損害を賠償すべき責任がある。

二原告東京海上の責任

被告東京海上が被告末吉と自賠責保険契約を締結している事実は争いがないから、原告が被告東京海上に対し、自賠法一六条に基づき、保険金額(同法一三条、同法施行令二条参照)の限度において損害賠償額を支払うべき責任があることは明らかである。

三原告の傷病及び治療経過並びに後遺障害について

1  前提事実の認定

<書証番号略>並びに原告本人尋問の結果によると、次の事実が認められ、右と異なる事実を認定するに足りる証拠はない。

(一)  第一次入院

原告は、本件事故日である昭和六三年六月一六日午前七時五〇分ころ、本件事故現場から救急車によって奈良春日病院に搬送され、直ちに手術が行われて、左股関節脱臼及び左脛骨骨折については徒手整復術及び腰部から左下肢までギブスによる固定が、左膝関節挫滅創については洗浄異物除去、ドレナージ縫合術がそれぞれなされた。その後、右各傷害については順調に回復し、同年六月三〇日にはギブスを下肢から大腿部までのものに巻き変え、同年七月四日からはギブスを巻いたままの状態で車椅子及び松葉杖を使用しての運動も許可された。同年八月一日にはギブスを外してシャーレを装着し、同年八月一一日には歩行訓練のための左短下肢装具両側支柱を装着し、翌八月一二日には階段の昇降も許されて、退院した。

(二)  第一次通院

原告は、昭和六三年八月二四日から通院を開始し、同年八月に七日間、九月に二〇日間、一〇月に一五日間、一一月に九日間、一二月に六日間、平成元年一月に二日間の合計五九日間同病院に通院して、主に理学療法(リハビリ)を受けた。その間の昭和六三年九月二一日には装具を除去したが、同日における左膝関節の可動領域は、屈曲九五度、伸展マイナス五度であったものが、同年一二月八日には屈曲一一五度、伸展零度にまで改善された。

(三)  第一次通院後第二次入院までの間の状況

原告は、本件事故前は勤務先の株式会社井上商事(原告の実父である井上聖龍が代表取締役。自動車部品の積込み運搬業)において、荷物の積込みの仕事をしていたが、本件事故後は右の仕事ができなくなったため、運転業務に代わることにし、昭和六三年一一月一五日には運転免許を取得して、運転業務に従事し始めた。そして、平成元年一月一一日に通院をした際、同病院の医師から、それ以上膝を治そうと思えば癒着している部分を剥がす手術をしなければならないが、手術をしないのなら膝が曲がらないようにならないために、通院してリハビリをするように言われたものの、リハビリの効果が余りなかったのと、仕事に復帰して忙しかったこともあって、同日以降同年五月二六日までの四か月以上の間、通院治療やリハビリ等を受けたことはなかった。

(四)  第二次入院

ところが、原告は、左膝関節の痛み及び同関節が曲がりにくいことから、平成元年五月二七日に奈良春日病院で診察を受け、左脛骨骨折後左膝関節拘縮(以下「本件後遺障害」ともいう)と診断された。その際の検査によると、左膝関節の可動領域は、屈曲一三二度であって、健康な右膝関節の可動領域である屈曲一四〇度に比べると曲がり具合が悪いものの、第一次通院の最終のころの曲がり具合よりは良くなっていた。

原告は、左膝の曲がり具合を好転させるために、手術を希望し、同年六月二日に同病院に入院して、同月六日、左膝関節拘縮に対する徒手的可動域拡大術を受けた。そして、同月七日からは、再癒着予防の為、痛みがあっても自・他動運動を行うようにとの指示のもとに左膝に対しての理学療法を受け、同月一四日に退院した。

(五)  第二次通院

原告は、退院後の平成元年六月一五日から通院を開始し、同年六月に五日間、七月に一三日間、八月に三日間の合計二一日間同病院に通院して理学療法を受け、同年八月二三日の検査においては、正座は困難なものの、左右の膝の屈曲はいずれも一三五度であり、日常生活動作には特に支障がなく、同月一杯で理学療法も打ち切る旨の診断を受けた。

(六)  後遺障害の存在

原告は、平成元年九月二日及び同年一〇月一四日にも同病院医師の診断を受けて、同医師から自賠責保険後遺障害診断書の発行を受けた。同年九月二日付けの右診断書(<書証番号略>の二通存在するが、診療録の記載からみて、一通は九月二日に同医師によって作成されたもの、もう一通は同日に作成されたものに同年一〇月一四日に同医師によって書き加えられて作成されたものと推認される。以下、書き加えを行った後の診断書に基づいて検討する)によると、①症状固定日として「平成元年八月二三日」と、②傷病名として「左脛骨骨折、左膝関節拘縮」と、③主訴又は自覚症状として「正座、階段昇降、和式トイレ、しゃがみ込み等の日常生活動作が困難である。走行・靴下着脱困難、溝等の飛び越え時股関節痛あり」と、④他覚症状として「左膝可動域制限を認める」と、⑤上・下肢の機能障害として、膝の屈曲が「自動で左一二五度、右一四〇度、他動で左一三〇度、右一四五度」と各記載されている。そうすると、現在、原告に少なくとも右④、⑤で指摘されているような後遺障害(以下「本件後遺障害」という)が存在することは明らかである。

(七)  原告の現在の日常生活についての訴え

原告は、現在でも正座ができず、和式のトイレが使えない、普通の階段であれば両足を揃えながら一段一段をゆっくり上っていく、股関節も痛み、走ることも飛び上がることもできず、靴下も膝が曲がらないので椅子か畳に座って履くようにしている旨訴えている。

(八)  原告の勤務状況について

原告は、現在、事故前から勤務していた実父の経営する株式会社井上商事において、大和郡山市の昭和工業団地にある油野工業株式会社から大阪府池田市にあるダイハツ工業株式会社まで自動車のホィールを運搬するための貨物自動車の運転業務を、一日に六時間程度行っている。原告は、月額三〇万円程度の給料を支給されており、右給料額は同社で原告と同じ仕事をしている他の従業員と同じである。

2  本件事故と本件後遺障害との因果関係について(事実及び争点欄第二の三項1参照)

1項の(二)、(三)で認定した事実によれば、原告は、本件事故による左脛骨骨折等の治療のために、長期間ギブスにより膝関節部を固定した結果、膝関節包の癒着等の原因によって膝関節の拘縮が生じ、ギブスを外した後も膝関節が曲がりにくかったこと、第一次通院期間を通じて理学療法を受けた結果、左膝関節の可動領域は屈曲九五度から一一五度に改善された(正常可動範囲は自動で一三〇度とされている。<書証番号略>参照)ものの、病院の医師から、それ以上膝を治そうと思えば癒着している部分を剥がす手術をしなければならないと言われたこと、原告は、その後仕事が忙しかったことなどもあって通院しなかったが、右手術を受ける決意をして第二次入院をし、その際の検査の結果、左膝関節の可動領域は一三二度であって、第一次退院時よりは、相当程度改善していたことが明らかである。

そうすると、原告が第二次入通院によって治療を必要としたのは、本件事故により左脛骨骨折等の傷害を受けて、長期間膝関節をギブスで固定しなければならなかったためであり、本件事故と本件後遺障害との間には、因果関係が存する。

なお、被告らは、原告が第一次通院の後自ら通院を中断したことが左膝関節拘縮の原因である旨主張するが(同欄第二の三項の1(三))、第一次通院中から既に左膝関節拘縮の症状が出ていたと認められることから、右主張は採用できない。また、被告らは、本件後遺障害が何らかの外力によって惹起されたとも考えられる旨主張するが(同項の1(二))、原告の左膝部に本件事故以外の原因による外力が加わって傷害を受けたことを疑うべき証拠はない。

3  本件後遺障害の程度(同欄第二の三項2参照)

(一)  左膝の運動可能範囲について

1項の(四)、(五)、(六)で認定した事実によると、原告は、第二次通院の初日である平成元年五月二七日、奈良春日病院の医師から、原告の膝の屈曲領域が左一三二度、右一四〇度と診断されたこと(自動によるものか他動によるものかは不明であるが、後記自賠責保険後遺傷害診断書の記載に照らすと、他動のものであった可能性が高い)、第二次通院中の平成元年八月二三日には、原告の膝の屈曲領域が左右とも一三五度であると診断されたこと(同)、ところが、同病院医師が同年九月二日に原告を診断した上作成した自賠責保険後遺障害診断書には、原告の膝の屈曲領域は自動で左一二五度・右一四〇度、他動で左一三〇度・右一四五度とそれぞれ記載されていることが明らかである。

ところで、関節の運動範囲は、被測定者の姿勢と肢位によって著しく変化するといわれており、このことは、本来同一となるべき原告の健康な右膝の屈曲領域が、前記のとおり検査の度に五度ないし一〇度程度変化していることからも裏付けられている。そうすると、原告の左膝の運動可能範囲についての各測定結果が微妙に異なることは何ら不合理とはいえない。原告の左膝の屈曲領域は、自動でおおよそ一二五度程度、他動で一三〇度ないし一三五度程度であって、健康な右膝関節の屈曲領域に比べておおよそ五度ないし一五度の制限があることが認められる。

(二)  原告の日常生活動作について

1項の(五)、(六)で認定した事実によると、原告は同病院医師から、平成元年八月二三日、正座は困難なものの、日常生活動作に特に支障がない旨診断されていたが、その後作成された原告の後遺障害診断書には、現在、原告が訴えている階段昇降等の日常生活動作における様々な制限がある旨記載されていることが明らかである。

ところで、このような日常生活動作についての診断は、医師が特に患者本人に確認して、その主訴に基づいて行うものと思われるから、診断書等に右の主訴が記載されていても、それが真実であるかどうかは客観的な症状から患者の主訴が合理的か否かによって判断せざるを得ない。そして、前記のとおり、原告の左膝関節の屈曲領域が健康な右膝関節に比べて五度から一五度程度制限されているという事実から考えると、正座が不可能であり、階段の昇降や和式トイレへのしゃがみ込み、走行等に多少の不便があることは真実と認めて良いものと判断する。

なお、原告は、溝等の飛び越え時に左股関節痛があることを主張するが、左股関節に現在でも異常があることについては、医師作成の診断書等本件で提出されている証拠には一切記載がなく、それが病理的な痛みであることの証明はない。また、靴下脱着困難の主張についても、左膝の屈曲領域や原告の訴えに照らすと、さほどの不都合が生じているものとは解されない。

(三)  原告の稼働能力について

1項の(三)、(四)、(五)、(八)で認定した事実によると、原告は、第一次通院中の昭和六三年一一月一五日には運転免許を取得して、本件事故以前から勤務していた実父の経営する株式会社井上商事において貨物自動車の運転業務に従事し始め、平成元年一月一二日以降は、通院もせずに右業務に従事していたが、同年六月二日に第二次入院をして手術を受け、同月一四日に退院した後も、七月一杯までは断続的に理学療法を受けていたものの、八月に入ったころからは、再び右運転業務に復帰し、現在に至っているものと認められる。そして、原告は、現在一日に六時間程度運転業務に従事しており、原告と同様の運転業務に従事している同社の従業員と同額の給与を受け取っているのであって、原告の稼働能力が、通常人に比べてさほど劣っているものとは認められない。

なお、原告は、その本人尋問において、右貨物自動車にはエアークラッチを装備していて、通常の車よりも力を入れずにクラッチペダルが踏めるものの、膝が悪いことから、通常の人が大和郡山市と大阪府池田市の間を一日三往復できるところを二往復しかできない旨述べる。なるほど、原告は、膝の障害のために膝の運動に関して無理がきかないことは容易に推認できる。しかしながら、原告の障害の内容によると、原告が他の自動車運転者に比べて極端に遅い速度でしか運転できないものとは考えられないから、通常の者が原告が六時間で一日二往復するところを三往復したならば、一日に九時間は運転業務に従事していることになろう。しかし、そのような労働を行った場合には、荷物の積み下ろしの時間も考えると、相当の長時間労働をせざるを得ないものと推認でき、そのような労働を連日行うことは、特に身体の強壮な者にのみ可能であると考えられ、原告が右の一日に三往復の運転業務に従事できないからといって、原告の労働能力が通常人に比べて特に劣っているものとはいえない。

(四)  まとめ

以上検討したところによると、原告は、本件事故により、左膝関節の屈曲領域に制限が残るという後遺障害が残存し、その結果、原告の日常生活動作にある程度の不便を来していることが明らかである。しかしながら、その労働能力に与える影響は、通常人以上の無理がきかないという程度の軽微なものであると認められる。

なお、被告らは、原告の左膝の可動領域の点からみて、原告の後遺障害は自賠責保険の後遺障害等級に該当しない旨主張する。しかしながら、原告の障害が「一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」(自賠法施行令二条、別表第一二級の七)に該当することは明白である。等級障害認定基準(労働基準局長通達・<書証番号略>)は、後遺障害の認定のための一応の基準を定めたものに過ぎず、当裁判所が、右の基準にとらわれずに、原告の具体的な障害の態様を参酌して、それが右後遺障害等級に該当すると認定できることは明らかである。

四原告の損害(合計六七四万五八一一円)

1  治療費(認容額・一八三万九三六一円)

<書証番号略>によれば、原告は、本件事故によって原告が受けた傷害の治療費として、奈良春日病院に対し、一八三万九三六一円を支払ったことが認められ、同額の損害を被ったものと認定できる。

なお、被告末吉は、原告に対し、右治療費を国民健康保険で支払うよう要求したにもかかわらず、原告がこれを拒んだ結果、原告が損害を拡大させた旨主張する(事実及び争点欄第二の五項)。

なるほど、前記証拠によれば、原告は、昭和六三年六月一六日から同月三〇日までの第一次入院において自由診療を受け、一点単価が二〇円の計算による治療費を同病院に支払ったことが認められる(同年七月一日以降の診療については、社会保険を利用している)。

しかしながら、原告が、本件事故によって受けた骨折や脱臼等の傷害について手術等の治療を受けるに際し、健康保険制度による治療内容の制限を受けない十分な診療を同病院医師に求め、同病院との間で、自由診療による治療を受ける契約をしたことは、何ら不当なことではない。原告が、右契約に基づく治療費を支払ったことは、その必要性、相当性を欠くものではなく、本件事故から生じた損害について責任を有する者がそれを賠償すべきことは明らかである。

2  入院雑費(認容額・九万二三〇〇円)

三項の1の(一)、(四)で認定した事実によれば、原告は、本件事故による傷害の治療のために、合計七一日間入院をしたことが明らかである。そして、原告は、入院一日当たり少なくとも一三〇〇円の諸雑費を要したものと判断するのが妥当であるから、原告は、右諸雑費として合計九万二三〇〇円を要したと判断する。

3  義肢製作代(認容額・六万五五五〇円)

三項の1の(一)で認定した事実及び<書証番号略>によれば、原告は、本件事故によって受けた左股関節脱臼及び左脛骨骨折の治療後の歩行訓練のために、「左短下肢装具両側支柱」の装着が必要となったため、同義肢を川村義肢株式会社に製作してもらい、同社に対してその代金六万五五五〇円を支払ったことが認められる。

4  通院交通費(認容額・四万八六〇〇円)

三項の1の(二)、(四)、(五)で認定した事実によれば、原告は、第一次通院期間に五九日間、第二次入院前の診察に一日、第二次通院期間に二一日間通院の合計八一日間奈良春日病院に通院したことが明らかであり、原告本人尋問の結果によれば、原告が自宅から同病院に通院するのに、電車とバスとで片道三〇〇円(往復六〇〇円)必要であったことが認められる。そうすると、原告は、右通院のための交通費として、合計四万八六〇〇円を要したと認められる。

5  休業損害(認容額・一五〇万円)

<書証番号略>によれば、原告は、本件事故前の三か月間、毎月二五万円の給与を支給されていたことが認められ、また、三項の1の(三)、(五)で認定した事実及び同本人尋問の結果によれば、本件事故によって受けた傷害のための入通院のために、第一次入通院期間に約四か月間、第二次入通院期間に約二か月間それぞれ休業を余儀なくされ、その期間、勤務先から給与の支給を受けなかったことが認められる。

そうすると、原告は、本件事故に基づく休業の結果、合計一五〇万円の損害を受けたことが認められる。

6  入通院慰謝料(認容額・一七〇万円)

三項の1の(一)から(五)で認定した事実によれば、原告は、合計七一日間入院し、第一次通院において約四か月半、第二次通院において二か月余りの各期間、それぞれ断続的に通院したこと(実通院日数八一日間)が認められる。右入通院によって原告が被った精神的損害を慰謝するためには、少なくとも一七〇万円を要すると判断する。

7  後遺障害による逸失利益(認容額・なし)

三項の1の(八)で認定した事実及び同項の3の(三)で判断したところによれば、原告は、左膝関節に後遺障害を残すものの、現在、実父の経営する株式会社井上商事において、一日に六時間程度運転業務に従事しており、原告と同様の運転業務に従事している他の健康な者と同額の給与を受け取っていることが認められる。そして、本件後遺障害の程度が比較的軽微であること、原告が本件後遺障害を持ちながらも右業務を続け、仕事に慣れるにしたがって、右後遺障害の業務への影響が減少していくものと推認されること、原告は今後とも、同社において運転業務に従事し続け、これまでと同様、原告と同種の業務に従事する他の従業員と同額の給与を得られるものと推認されることから考えると、原告には、本件後遺障害による逸失利益はないものと判断するのが妥当である。

8  後遺障害による慰謝料(認容額・一五〇万円)

三項の3の(一)、(二)で判断したとおり、原告は本件事故によって、左膝関節の運動範囲の制限という後遺障害を残し、日常生活においても一定の不自由を受けていることが明らかである。そして、右障害の程度が比較的軽微であることも考慮すると、右後遺障害による精神的損害を慰謝するためには、一五〇万円をもって足りるものと判断する。

9  その他の損害について

<書証番号略>には、原告が付添いの家政婦に合計七万四二〇〇円を支払った旨の記載があるが、双方当事者は一切この損害について主張しないので、本件損害額の算定においては考慮しなかった。

五被告末吉の過失相殺の抗弁について

1  原告の過失の存在について

一項の1の(一)から(三)で認定した事実及び同項2の判断によれば、原告は、被告末吉の通行していた本件交差点の西方道路よりも幅員の広い本件南北道路を本件交差点に向かって時速約三〇キロメートルで北進していた際、本件交差点の手前約九メートルの位置で本件交差点西側道路から進入してきた被告末吉の運転する普通乗用自動車を発見したが、同被告が一時停止したことに気を許し、原告が本件交差点を通過するまで同被告がその場で停車しているものと軽信して、そのままの速度で本件交差点に進入したものであって、原告は、左右の見通しがきかない交差点に入ろうとするときに徐行しなければならない義務(道路交通法四二条一号)及び交差点内を通行しようとするときに交差道路を通行する車両に特に注意し、かつ、できる限り安全な速度と方法で進行すべき義務(同法三六条四項)に違反した過失があるものといえる。

なお、被告末吉は、本件交差点においては、道路交通法三六条一項一号(左方優先)により被告末吉車が優先する旨主張する(同欄八項)。しかしながら、前記認定及び判断によれば、原告は、被告末吉車が本件交差点の手前で一時停止したことから、同車が自車の通過するのを待っているものと判断し、それを信頼して進行したのに対し、同被告は、一時停止した際にもカーブミラーに写っていたはずの原告車を見落とし、かつ、通行車両はないものと軽信して見通しの悪い右側を見ながら徐行速度ではない時速一〇から一五キロという比較的早い速度で本件交差点に進入した結果、本件事故が発生したものである。右のような状況、とりわけ各交差道路の幅員の差、カーブミラーの存在及び被告末吉車が本件交差点手前で一時停止したことからすると、原告が本件交差点を通過するまで被告末吉車が待っていてくれるものと原告が信頼したことには理由があり、被告末吉車が原告車の左方車であったことを重視することはできない。

また、被告末吉は、原告が本件事故の際、制限速度(時速六〇キロメートル)を超過していた旨主張する(同欄同項)が、原告が本件事故の際に制限速度を超過していたことを疑うべき証拠はない。

2  原告の過失割合について

1で判断した原告の過失の態度及び一項の2で判断した被告末吉の過失の態様、特に、原告は、自車が本件交差点を通過し終わるまで同被告車が停止しているものと信頼したものであって、右の信頼をしたことが不当とまではいえないこと、原告の進行道路の方が幅員が広い道路であること、原告車は自動二輪車であるのに対し、被告車は普通乗用自動車であること等にかんがみると、原告と被告末吉の過失割合は、三対七と判断するのが妥当である。

3  過失相殺後の原告の損害額

そうすると、原告が被告末吉に対して請求できる損害額は、四項で認容した金額の七割である四七二万二〇六八円(一円未満四捨五入。なお、そのうちの後遺障害慰謝料額は一〇五万円)となる。

六損益相殺について

原告が、自賠責保険から傷害による損害について一二〇万円の保険金を受け取ったことは、当事者間に争いがない。そうすると、原告が賠償を受けていない損害額は、三五二万二〇六八円となる。

七弁護士費用について

原告が、本件訴訟を提起するについて弁護士に委任し、訴訟委任費用の支払を約束したことは、弁論の全趣旨から明らかである。そして、本件審理の経過、六項記載の原告の被告末吉に対する請求可能金額等に基づき、日弁連「報酬等基準規程」一八条一項を参考とし、なお、原告らが右訴訟委任費用を実際に支払うまでの中間利息を不当に利得することのないように配慮しながら、同被告に負担させるべき訴訟委任費用額を算定すると、同被告に負担させるべき右費用額は、七〇万円と判断する。なお、そのうち、後遺障害慰謝料額一〇五万円に対する訴訟委任費用額は、右と同様に算定して二一万円と判断できる。

そうすると、原告が被告末吉に請求できる損害額は、四二二万二〇六八円となる。

八被告東京海上に対する請求について

1  原告は、被告東京海上に対し、自賠法一六条にいう自賠責保険金とは別に、弁護士費用二〇万円の請求を行っている。しかしながら、原告が被告東京海上に対して本件訴えを提起せざるを得なくなったのは、被告末吉の本件不法行為によるものであって、被告東京海上の不法行為によるものではないから、同被告に対して当然に本件訴訟に伴う弁護士費用を請求することはできない。もっとも、右自賠責保険金額の範囲内であれば、右保険金に対応する弁護士費用が請求できることは当然である。

なお、原告は、被告東京海上が原告に対し、原告の後遺障害について非該当の認定をし、後遺障害に関する保険金の支払を拒絶したことをもって別途不法行為が成立する旨の主張をなしているとも考えられる。しかしながら、被告東京海上が右の認定及び支払拒絶をしたことが同被告の故意又は過失に基づく違法なものとまではいえない。

2五項で検討したとおり、原告が被告東京海上に対して請求できる後遺障害慰謝料は一〇五万円であり、右後遺障害慰謝料に対応する弁護士費用額は七項で検討したとおり二一万円である。よって、原告が被告東京海上に対して直接請求できる金額は一二六万円となる(同金額の範囲内で被告末吉と不真正連帯責任を負う)。

九よって、原告の本件請求のうち、被告末吉に対する請求は、七項記載のとおり、四二二万二〇六八円及びそれに対する本件不法行為の日である昭和六三年六月一六日からその支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容する。また、原告の被告東京海上に対する請求は、八項記載のとおり、一二六万円及びそれに対する同被告に訴状が送達された日の翌日である平成二年一〇月一二日(本件記録から明らかである)からその支払済みに至るまで同法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容する。原告の同被告らに対するそのほかの請求はいずれも理由がないので棄却する。訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項ただし書を、仮執行の宣言については同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官森脇淳一)

事実及び争点

第一 当事者の求める裁判

一 原告

1 被告末吉は、原告に対し、八五七万八六九一円及びこれに対する一九八八(昭和六三)年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え

2 被告東京海上は、原告に対し、二三七万円及びこれに対する平成二年一〇月一二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え

3 訴訟費用は被告らの負担とする

との判決及び1、2項について仮執行宣言。

二 被告両名

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決。

第二 当事者の主張

一 当事者間に争いのない原告の請求原因事実

1 事故の発生及び原告の受傷

一九八八年六月一六日午前七時三五分ころ、奈良市白毫寺町七三四番地の二先交差点(以下「本件交差点」という)において、西から東進してきて右交差点に進入した被告末吉久夫(以下「被告末吉」という)運転の普通乗用自動車の前部右角付近と、南から北進してきて右交差点に進入した原告運転の自動二輪車の左側面部が衝突し、原告及び原告運転車両の後部座席に同乗していた名手良子が負傷した(以下、これを「本件事故」という)。

2 被告東京海上の地位

被告東京海上は、本件事故当時、被告末吉との間で自動車損害賠償責任保険契約(以下「自賠責保険契約」という)を締結していた。

二 被告らが争う原告の請求原因事実

1 本件事故の原因

被告末吉は、本件交差点において、進行方向右方の道路状況が人家のため見通しが困難であったから、一時停止後も右方道路の見通し可能地点まで徐々に車を発進させ、右方道路を北進してくる車両の有無を確認して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、交通閑散であることに気を許し、カーブミラーを一べつしたのみで右方道路の安全確認を欠いたまま時速約一〇ないし一五キロメートルで進行した過失により、折から右方道路から進行してきた原告運転の自動二輪車を右前方約4.5メートルの位置に発見し、急制動したが間に合わず、本件事故を発生させた。

2 原告の受傷及び治療態様

原告は、本件事故により、左脛骨骨折、左膝関節拘縮等の傷害を受け、奈良春日病院にて一九八八年六月一六日から同年八月一二日まで入院加療(五八日間。以下「第一次入院」という)、同年八月一三日から一九八九年六月一日まで通院加療(以下「第一次通院」という)、一九八九年六月二日から同年六月一四日まで入院加療(一三日間。以下「第二次入院」という)、同年六月一五日から同年八月二三日まで通院加療(以下「第二次通院」という。第一次及び第二次通院を通じて実通院日数は合計八一日間)を余儀なくされた。

(被告東京海上は、右の入院及び通院の事実(ただし、第一次通院の期間を除く)を認める)

3 本件事故の責任

(一) 被告末吉は、1項記載のとおり、同被告の右方安全確認義務及び徐行義務違反の過失により本件事故を発生させたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)三条の運行供用者責任及び民法七〇九条の不法行為責任を負う。

(二) 被告東京海上は、被告末吉と自賠責保険契約を締結しており、本件事故による原告の損害のうち後遺障害に伴う分について、最高二五〇〇万円の限度で原告に対して支払義務を負う。

(被告東京海上は、被告末吉と自賠責保険契約を締結している事実は認める)

4 原告の損害

(一) 治療費 一八三万九三六一円

(二) 入院雑費 九万二三〇〇円

原告は、七一日の入院期間中、一日当たり一三〇〇円の雑費を要した。

(計算式・1300×71)

(三) 義肢製作代

六万五五五〇円

左短下肢装具等の製作費

(四) 通院交通費 四万八六〇〇円

原告は、八一回の通院の度に、一回当たり片道三〇〇円(JR一六〇円、バス一四〇円)の交通費を要した。

(計算式・300×2×81)

(五) 休業損害 一五〇万円

原告の本件事故前の平均賃金は月額二五万円であった。原告は、本件事故後の四か月間、一九八九年六月二日の再入院後二か月間の合計六か月間の休業を余儀なくされた。

(計算式・25万×6)

(六) 入通院慰謝料 一七〇万円

七一日間の入院治療、三六三日間の通院治療を余儀なくされたので、入通院慰謝料は一七〇万円が相当である。

(七) 後遺障害による逸失利益

一八三万二八八〇円

原告は、左膝の障害のため、走ること、飛び上がることができない。また、正座することも、しゃがむこともできない。階段の昇降、和式トイレの使用の困難等を含め、仕事の面でも日常生活の面でも著しい支障が生じている。

左膝の屈曲、伸展の運動領域は、自動で一二五度、他動で一三〇度しかなく、生理的運動領域の一三五ないし一四五度と比べて相当低下している。「一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」として、後遺障害等級表の第一二級の七に該当することは明らかである。

後遺障害一二級の労働能力喪失率は一四パーセント、後遺障害存続期間五年間の新ホフマン係数は4.364なので、原告の後遺障害による逸失利益は、一八三万二八八〇円となる。

(計算式・25万×12×0.14×4.364)

(八) 後遺障害による慰謝料

二〇〇万円

後遺障害等級表一二級に該当する後遺障害に悩まされているので、二〇〇万円が相当である。

(九) (一)から(八)の合計

九〇七万八六九一円

(一〇) 損益相殺

自賠責保険から一二〇万円の支払がなされているので、損益相殺すると、損害額は七八七万八六九一円となる。

(一一) 弁護士費用 七〇万円

(一二) (一〇)、(一一)の合計額

八五七万八六九一円

5 被告東京海上の義務

原告の後遺障害は一二級に該当するので、同被告は原告に対し、被告末吉と不真正に連帯して、自賠責保険金として二一七万円及び弁護士費用として二〇万円の合計二三七万円の支払義務がある。

よって、原告は、被告末吉に対し、本件事故による損害賠償金として八五七万八六九一円及びそれに対する本件不法行為の日である一九八八年六月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金額の、被告東京海上に対し、自賠責保険金及び弁護士費用として二三七万円及びそれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済みまで同法所定の年五分の割合による金額の各支払を求める。

三 請求原因に対する被告両名の否認理由(原告の後遺障害について)

1 本件事故との因果関係

(一) 原告は、本件事故により左膝関節に後遺障害が生じている旨主張する。しかしながら、本件事故による原告の傷害は「左脛骨骨折、左股関節脱臼、左膝部挫滅創」であり、左膝関節そのものに脱臼捻挫等直接の傷害を受けたものではない。ただ、右傷害の治療過程における関節等の長期固定により左膝関節が拘縮することはあり得る事態であり、ある程度止むを得ない障害である。このため、奈良春日病院においても、骨折脱臼等外傷の治療が一段落した昭和六三年八月二四日からリハビリテーションが実施され、原告の左膝関節の可動領域も次第に改善し、平成元年一月七日、「股関節痛、歩行痛あり、脛痛なし、大腿骨骨頭圧痛なし」との診断のもとに、なおリハビリテーションが継続されることになっていた模様であるが、原告は、同年一月一一日にリハビリテーションを受けた以後、なぜか通院を中断している。この間、原告は、同年一〇月末ころに業務に復帰し、同年一一月一五日運転免許を取得して、運転業務に従事していた。

(二) ところが、治療を中止して五か月余を経過した平成元年五月二七日になって、その一か月若しくは二、三か月前から左膝が痛み、又は屈曲ができなくなったとして、再度診療を受けるようになったものであるが、その原因は分からず、リハビリテーション不充分なまま日常生活を送ったため拘縮が残った左膝関節を痛めたか、他の外力により惹起されたとも考えられる。

(三) いずれにせよ、もし原告がリハビリテーションを中断せず、通院治療を継続していたとすれば、原告の年令及びその改善実績からみて、拘縮が全く残らなかった可能性があり、原告の左膝関節運動障害と本件事故との因果関係には疑問がある。そうすると、本件は昭和六三年一〇月末日をもって症状固定と判断すべき事案であって、入通院慰謝料の算定に当たっては、右期間をもって慰謝料算出の根拠とすべきであるし、第二次入院に伴う休業損害は、本件事故による損害とは認められない。

2 後遺障害の程度

(一) 原告が、平成元年五月二七日に再度診断を受けた際の左膝関節の可動領域は、屈曲左一三二度、右一四〇度であり、第二次入院による徒手整復術及び第二次通院中のリハビリテーションによって、同年八月二三日には屈曲左一三五度、右一三五度と改善された。

右同年八月二三日のカルテの記載を見ると、正座困難であるが左右の膝関節の屈曲に差異がなく、ADL(日常生活動作)は「特に支障なし」と記載され、「今月いっぱいでリハ打切り」と診断されている。

(二) ところが、同年九月二日のカルテには、後遺障害診断書発行の記事があり、同日発行の後遺障害診断書(<書証番号略>)では、症状固定日を平成元年八月二三日、主訴又は自覚症状として「正座、階段昇降、和式トイレへのしゃがみ込み等の日常生活動作が困難である」、膝の屈曲伸展として「自動・左一二五度・右一四〇度」及び「他動・左一三〇度・右一四五度」との各記載があり、カルテにも右主訴及び自覚症状の記載がなされている。

(三) しかしながら、(一)記載のとおり、症状固定日とされた同年八月二三日のカルテにおける原告のADLは、「特に支障なし」とされているのであって、右後遺障害診断書の記載及びこれに沿う同年九月二日のカルテの主訴又は自覚症状は、誇張された主訴又は自覚症状をそのまま記載したもので客観性に乏しい。また、左膝関節の可動領域にしても、右1で述べたところに比較して障害の程度が誇張されている疑いがあり、信憑性に疑義がある。

(四) さらに、同年一〇月一四日のカルテを見ると、「溝等の飛び越え時左股関節痛、走行困難、靴下脱着困難」との記載があり、一方、もうひとつの後遺障害診断書(<書証番号略>)を見ると、先の後遺障害診断書(<書証番号略>)の主訴又は自覚症状欄の下部に右と同じ内容を書き加えたことが認められる。したがって、<書証番号略>の後遺障害診断書もまた、先のそれと同様客観性を認めることができないものというべきである。

(五) 被告の調査によれば、原告は、第二次通院終了後、普通自動車の免許を取り、現在は父が経営する株式会社井上商事(運送業)に運転手として勤務し、ごく普通に稼働していることが認められた。

原告が運転する自動車は、概ね4.5トン積のトラックで、主に自動車部品(ホィール)を部品メーカーから自動車メーカーまで一日に二、三回運送しており、一回の運送には往復三、四時間を要している模様である。トラックの運転には、左足でクラッチを踏む必要があり、右稼働状況によれば、その回数は大変な数に上るものと推定されるが、原告は支障なくこれを行って既に一年になるはずであり、原告の後遺障害が仮に存在するとしても、その労働能力にはほとんど影響を与えていないことがうかがわれる。

3 まとめ

以上のとおり、原告の後遺障害は仮になお存在するとしても、本件事故との因果関係に疑義があるほか、その程度は軽度であり、可動領域の点からみても、実際の労働能力に対する影響からみても、到底自賠責保険の後遺障害等級に該当しない。

四 請求原因に対する被告東京海上の否認理由(原告の同被告に対する弁護士費用の請求について)

原告の被告東京海上に対する本訴請求は、自賠法一六条に基づく「損害賠償額」請求権であるが、同条一項に「保険金額の限度において」とあるとおり、同請求権の最高額は保険金額をもって限定されているのであって、これを超えて弁護士費用を請求することは許されず、明らかに失当である。

なお、原告は、被告東京海上が原告の後遺障害について非該当の認定をしたことをもって、弁護士費用請求の根拠としている可能性があるが、右認定及び支払拒絶が別途不法行為を構成する場合は格別、通常の場合においては、通常の損害賠償請求権のように、右「損害賠償額」請求権に付帯して、又は「損害の一部」として、当然に弁護士費用が保険金額と別枠で認められるものではない。けだし、同請求権は自賠法によって創設された特別の請求権で、「損害賠償」請求権とは別個独立の存在であるから、弁護士費用の加算を認められていない一般の債権と同等に取り扱うのが相当だからである。

五 請求原因に対する被告末吉の否認理由(原因による損害の拡大)

本件交通事故は、原告の過失が重大であるため、被告末吉から原告に対し、原告の治療費については国民健康保険で支払うよう要求したが、原告はこれを拒み、自由診療による支払を要求したため、自由診療による治療費一二四万七六二〇円が発生した。同被告の主張したとおり国民健康保険で支払えば、治療費は約一八万円であった。したがって、その差額金については原告が損害を拡大せしめたものといえ、自由診療費を前提とした請求は認められない。

六 請求原因に対する被告らの否認理由についての原告の反論

1 本件事故と本件後遺障害との因果関係(三項1)について

原告は、事故当時単車を運転しており、本件事故によって約7.8メートルも飛ばされ、その際、左膝を強打している。原告は、事故後約二か月間の入院治療、その後二か月間の通院治療で左膝関節の機能を含め症状が次第に回復してきたことから職場に復帰した。その後も通院治療を続けてきたが、父親経営の会社とはいえ、他の従業員の手前もあり、通院のために再三職場を抜け出すことは困難であったため、約三か月後には通院を打ち切った。

ところが、その後左膝関節痛が再発し、屈曲が出来なくなったため、一九八九年五月二七日に受診し、同年六月二日に入院して手術を受けるに至った。

このような経過をたどるのは格別珍しいことではなく、ごく普通のことであり、原告が医師に完治を宣告される前に職場復帰し、次第にリハビリに通わなくなったことをもって、事故との因果関係を否定するのは不当である。

2 原告の損害の拡大(五項)について

交通事故による治療については自由診療でなされるのが通常である。

七 当事者間に争いのない被告らの抗弁事実(損益相殺)

自賠責保険により、被告東京海上から原告に対し、傷害分として一二〇万円が支払われた。

八 当事者間に争いのある被告末吉の抗弁事実(過失相殺)

本件交通事故は、交通整理の行われていない交差点の事故であるが、道路交通法三六条一項一号(左方優先)により被告車が優先する。しかも、原告には速度超過違反があり、また、安全運転義務(同法七〇条)を無視して徐行しなかった重大な過失があるので、原告車の過失として七〇パーセント以上の過失相殺が認められるべきである。

九 被告末吉の抗弁に対する原告の否認理由

被告末吉立会いの実況見分調書(<書証番号略>)でも明らかなとおり、原告の進行方向の道路幅は4.6メートル(路肩を含めると六メートル)であり、これに対し、同被告が交差点に進行するにあたり進行してきた道路の幅は3.5メートルであって、明らかに原告進行道路が優先道路にあたる。このことは、同被告も自覚しており、本件事故の直前に同被告は交差点手前で一旦停止を行っているし、本件事故後には、被告の進行方向に一時停止の標識が設置されるに至っている。

第三 証拠<省略>

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